「だから、中核は『〈慈愛神〉よ、我を守りたまえ』になるわけよ。ここが例えば『〈武神〉よ、我を勝たしめたまえ』だったら全然違うことになるのはわかるでしょ」

「〈慈愛神〉なの? 〈慈愛天女〉じゃなくて?」

「あ、そういう意味では〈慈愛神〉でも〈慈愛天女〉でもないよ。呪文の中で呼びかけるときの――名前、って言うとちょっと違うけどね」

 祖父の実家を目指してみる、というトシュの提案を上回る選択肢も思いつかなかったから、セディカは山道をそのまま先へ進んでいた。祭祀のことが嘘だったとしても、トシュが言ったように〈金烏が羽を休める国〉に親戚がいるのは事実であり、トシュたちよりも数段、セディカに頼られる筋合いはある。歓迎される道理もないが、拒絶されると決まったものでもない。山の向こうまで飛んでいければよかったけど、人を連れては飛べないんだよね、とジョイドには謝られたが、そんなショートカットを望むのは(ぜい)沢というものだろう。少しだけ、期待はしたが。

 小屋から出てすぐの道はさほど急でもなく、歩きながら喋るゆとりがあって、ジョイドはセディカにあの守護呪の解説などしていた。これまで従者に持たせていた荷物を自分で背負うことになったセディカは、ジョイドの講義に努めて意識を向けて、肩への負荷から気を逸らした。

「形式っていうか、構成? からすると、仙術じゃなくて法術だね。僧侶が妖怪や悪霊を調伏するときに使うやつ。お母様は寺院で教わったんじゃないかな」

「法術、も、わかるの?」

「仙術も法術も、呪文に使われる言葉自体は同じなんだよ。仙術や法術が成立するより前からある、太古の――神の言葉でも人の言葉でもなくて、神に選ばれた人が神と話すための言葉、なんて言われるんだけど」

 そこで途切れたのは、前を歩いているトシュがこちらを顧みたためらしい。特に口を挟もうとしたようでもなかったが、

「何か言いたそうじゃない?」

 ジョイドの方から吹っかけた。トシュは鼻を鳴らす。

「人のこと言えんだろって言われるのがオチだわ」

「文句つけないから言ってごらん?」

「話題を選べよ。話すに事欠いて何の話してんだ」

「……文句つけないって言っちゃったなあ」

 苦笑いをよそに、視線がこちらに向く。

「楽しいか、そんな話が」

「興味深いわ」

「……なら、いいけどな」

 何だか傷ついたような顔になった。……ひょっとして、退屈だろうという気遣いだったのだろうか。

「だったら俺も教えてやろうか。その神と話すための言葉ってのはな、発祥は北だ」

「あ、そういえば」

「北の言葉まで覚えてみろ、おまえますますキメラになんぞ」

 それからはトシュも時々口を出すようになったが、提示できる話題の幅は、なるほどこちらも広くはないようだった。若くして仙術を使い(こな)す二人は、つまりはそれだけ偏っているのかもしれない。(もっと)も、地理的な意味で言えば、二人の知識は東の果てから西の果てまで、何なら天の(いただき)から地の底まで、及ぶようだったが。

 途中でジョイドが忘れ物をしたと駆け戻っていって、程なく再び合流したときには、そこはかとないショックを覚えた。朝から今までかけて歩いてきた距離を、あっという間に往復されてしまったわけだ。自分が同行していなければもっと速く山を越えられるのではないか、という点にも気がついてしまったけれど、人目が(わずら)わしくなってきたからと敢えて〈連なる五つの山〉になど踏み込んだ二人であれば、速く通り抜けたのでは(かえ)って本意に反するのかもしれない。

 道が急になってくると、トシュは枝を拾い、息を吹きかけて杖に変えてから投げてよこした。そのトシュはあの棒を適当な長さにしてから、ひゅんと一振りして杖に変え、ジョイドはあの杖を素直に()いて歩いた。

「……ねえ。……歩くのが楽になる呪文って、ない?」

「疲れた? そろそろ休憩しようか」

「まだ大丈夫だけど」

 セディカは頑として認めなかったが、

「道中の安全を祈るとか、熊()けの呪文ならあるけどね。楽に歩ける、っていう視点のものは知らないなあ」

「次に座れるとこに出たら一息入れるか」

 少女の意地は容赦なく流された。

 二人の主導で休息を取った後は、多少、歩きやすくなった。二人の方は気にしていないとしても、自分が足を引っ張っているようで、どうにも落ち着かなくはあった。

「ジョー。先に行くか」

「そうね。なるべく戻るよ」

 自分の頭越しに交わされた短いやり取りの、意味を取れずに見上げるとほとんど同時、

「セディ、ちょっと全速力ダッシュするから、悪いけどまた荷物扱いされてくれない?」

「な、何?」

「後でね」

 昨夜ほど唐突ではなかったものの、昨夜のように有無を言わせず、青年は少女を抱え上げた。

 と思うや一気に前方へと連れ去られた少女は、同時に後方へと駆け出した今一人の青年が見えなくなる寸前、その向こうにぬうっと現れた姿を辛うじて(とら)えた。遠目にも毒々しい色の、数匹の大蛇を。

「蛇?」

 カーブを二つ曲がったところで地に下ろされたから、息を弾ませたまま、一言だけで問う。一匹ならまだしも、少なくとも三匹は、ひょっとしたら五匹ばかりいたはずだ。何故トシュはわざわざ残ったのだろう、食い止めるより一緒に逃げればよいものを!

「あ、見えた? そう、多分ね。ただの大蛇ならあいつの敵じゃないし、化け蛇で手に負えないようなら逃げてくるから大丈夫」

 ジョイドの返答は、本当はもう少し続くはずだったのかもしれない。が、

「――っとごめんねもう一回!」

 叫ぶなり再び、セディカを引っ(さら)って走り出す。今の今まで自分たちがいた場所に、道の横から獣が飛び出してきた。瞬く間に遠ざかったが、二頭いたのはわかった。二本の足で立っているのと、二本の角を生やしているのと。

 先ほどより幾らか長く走った後で、振り切ったか確かめたのだろう、後ろを向いてからジョイドは止まった。腕の力が緩んだのを察して自分から滑り下りたセディカを前に、口に手を当てて二、三秒考え、

「あのね、この先に昨日泊まったのと同じような小屋があるから、そこに隠れててちょうだい。念のためトシュのフォローに――」

 言い終わらなかった。ジョイドはさっと振り向きざまにあの杖を握って、襲いかかろうとしていた虎の前足を受け止めた。

「冗談! いつからここはこんな物騒になったの!?」

 (ひる)む気配もなく牙を()く虎をジョイドは迎え討ち、セディカは慌てて飛び下がった。

「――左にもう一匹いるわ!」

「さんきゅっ」

 二頭目の虎の爪が空を切る。行く手を(ふさ)がれたのでは、とセディカは青くなった。二頭の虎を(かわ)して先へは逃げられないし、さりとて戻るわけにもいかない、二本足の何かと二本角の何かと大蛇が待ち構えているだろう。戦うのは得意ではないとジョイドは言っていなかったか――。

 背後から矢のように飛んできた何かが虎の頭に一撃を加えた。勢い余って行きすぎてから引き返してきて、雲から飛び下りながら棒で二撃目を打ち込んだのはトシュだった。

「隠れてろ! きりがねえ!」

「――五分、頼んだ!」

 ジョイドは今度はセディカの手をつかんで来た道を引き返した。虎が一飛び二飛びでは追いつけない程度に離れてから立ち止まり、背負い袋をさっと下ろす。来し方から行く先に転じた道の向こうから、土埃を立てて野牛が突進してくるからぎょっとした。二本の角を生やした獣。

 野牛の到着など勿論(もちろん)待たず、荷物から取り出した何かをジョイドが地面に投げつける。小箱か木片のように見えたそれが転がるや、道を塞ぐように小屋が出現した。昨日の小屋と、そっくり同じものが。

「早く入って!」

 驚く暇もない、指示のままにセディカは飛び込む。窓があるとはいえ視界は一気に暗くなったが、中も昨夜から今朝にかけて過ごした景色と寸分違わなかった。ジョイドも駆け込んできて、靴を脱ぎ捨てて上がった。

 はっと(ひらめ)いて、数メートルもない距離を戸を閉めに駆け戻る。外を覗いたのは、トシュも続いているかもしれないと思ったためだった。が、トシュは戦意たっぷりに、二頭の虎を前に立ち塞がっていて――。

 セディカが後ろ姿を目にした、正にその瞬間。

 ――狼に、変じた。

 白銀に輝く毛並みが日の光に照り映えた。身を伏せるやぐんと大きくなって、虎に劣らぬ体()を躍らせる。

「あちゃ」

 はっと気づくと傍らにジョイドが立っていた。

「大丈夫よ。あいつらが噛みついた相手を狼に変える妖怪だったわけじゃないから」

 ……仙術で変身した、のではないのか?

 不自然な言い様に感じて、セディカはトシュの相棒をまじまじとみつめた。仙術を使うことは聞いているのだ。妖怪の力で変えられてしまった、などというひねった想像を持ち出すまでもないのではないか。虎に噛まれて狼になった、というのも因果の合わない仮定なのに。

 おいで、と招きながらジョイドは小屋の真ん中辺りへ戻っていった。戸惑いながらも靴を脱いで続く。ドン! と何かが、単純に考えてあの野牛が、激突して壁を揺らしたが、この小屋はこんなことじゃ壊れないよとジョイドは請け合った。

 床には首飾りが広げてあった。白い玉を繋ぐ黒い紐が長く伸びていて、二人か三人は中に立てそう、一人であれば座れそうである。

「この輪っかの中にいて。この小屋自体もあいつらはまず入ってこれないんだけど、念には念をね。ここにいれば君は絶対に安全だから」

 セディカが言われた通りにするまで、ジョイドは変わらぬ笑みを浮かべながら見守っていた。セディカが輪の中に正座すると、待っててね、と優しく言い置いて――身を(ひるがえ)して小屋から飛び出していった。靴を引っかけて戸を閉める余裕はあったようだが。

 少女は両腕で自分を抱いた。今、一瞬、凄い顔をしなかったか。大丈夫、と繰り返すけれど――本当に、大丈夫なのだろうか?

 それに。

 狼の姿になったトシュのことを、ジョイドがあんな風に言ったのは。……仙術で変身した、という発想がなかったためではないか? 他者に変えられたのでもなく、自身の術で変わったのでもないのなら、残る可能性は。

 ……変身したものではなくて、あれこそが真実の姿である――とか……。

 我知らず、爪を立てようとするかのような強さでつかんでいる腕が、それだけ強く押さえ込まれているにも(かかわ)らずかたかたと震えた。何も知らない、信用できる保証もないと、わかっていたはずだけれど。

 そうだとしたら――そうだと、したら……?

 獣の吠え声や(うな)り声、暴れ回る物音はしばらくやまなかった。トシュとジョイドの声も時々混ざった。ということは、人間の姿に戻ったのだろうか。大蛇がしゅうしゅう言っているのも聞こえて、これも追いかけてきたのかと(おのの)く。

 だが、やがて静かになるときが来て――小屋の戸が開いた。セディカはつい身構えてしまったが、入ってきたのは緊張感の感じられないトシュで、半ば後ろへ顔を向けてジョイドと喋っていたくらい、平常だった。片手に提げている背負い袋は、獣とやり合う邪魔になるので下ろしていたのだろう。最後に見た後ろ姿も、そういえば背負っていなかった気がする――狼に変わる直前の、あのときも。

 こちらを向いてまともに視線がぶつかると、だが、ぎくりと立ち止まった。それから降参でもするような調子で頭を()く。

「あー……見たんだってな」

 何を、とは明示されなかったが、セディカの首は縦に振れた。

 近づいてきたトシュは、セディカを囲う輪より二メートルほども手前で腰を下ろした。ジョイドも(なら)うようにその隣りに座る。どちらも特に負傷はしていないようだった。衣服を汚しているのは土であって、血ではない。

「まあ、そういうことなんだが」

「……仙術で変身したんじゃ、ないのね?」

 トシュは妙な顔をしてからジョイドを睨んだ。

「語るに落ちてんじゃねえか」

「ああ、そういうことにしとけばよかったのか」

 しまったなあ、と苦笑するジョイドは、とはいえあまり深刻そうにはしていない。

「先に違うこと言っていい? 外にいたやつらはみんな追っ払ったから、とりあえず安心して。もしまた戻ってきたとしても、この小屋は――薄々感づいてるかもしれないけど、昨日と同じ小屋なんだけどね。こっちから戸を開けなければ、あいつらは絶対入ってこらんないから」

「多分それどころじゃないと思うぞ」

 トシュが呟く。実際、ジョイドの言ったことも気にはなったが、そこを追及している余裕はなかった。

「妖怪、なの?」

「まあな」

「二人とも?」

「そうね」

 俺は違うよ、と手を振るかもしれないと思ったからこそそう訊いたのだけれども、ジョイドはあっさり、自分もそうだと認めてしまった。行動を共にしていることからの推測であり、鎌をかけたようなものだったのだが。

「まあ、混血だ。四分の一は人間だ、どっちも」

 混血。四分の一。

「俺は、祖父(じい)さん――お袋の親父が、猿でな。俺の見た目に猿要素はねえが、お袋には尻尾があったよ」

「……猿?」

 訊き返す。思っていたのと、違うのだが。

「おかげで嫁の貰い手がなかったんだが、何でか親父が惚れてな。親父は狼で」

 何故かここでトシュは顔を(しか)めた。

「あんな年経た狼が、なんで今さら、それも猿と人間の合いの子に惚れるんだか謎だけどな。せめて同じ狼か、犬だろ」

「俺もパターンは同じでね。父親が鷹で、母方の祖父が犬」

 相棒の物言いにくすくす笑いながらジョイドが後を続ける。

「母さんは恵まれてた方なんだよね。お祖父さんがただの犬じゃなくて、悪い妖怪を退治した霊犬ってことで有名で、その功績で人間の姿を与えられたんだって言われてたらしいから。それでもやっぱり結婚となると避けられたみたいで」

 鷹に求婚されちゃった、とその子供は言った。

 単なる混血を告白しているような口振りだった。西国の血を引くのだとセディカが告げたときのように。否、セディカよりずっと、あっさりしていただろう。

 ――違う。人間同士の混血とは違う。四分の一が人間なら、四分の三が妖怪だ。そちらが――主だ。セディカが西国の血を引く帝国人であるように、二人は人間の血を引く妖怪だ。人間の血――と、猿の血を引く狼……と、人間の血と犬の血を引く鷹……。

 ……。妖怪、には違いないが。……狼と鷹、でよいのだろうか。猿でもある、犬でもあると言うべきなのだろうか。そう言うのなら、同じだけ、人間でもある……が。

「だから、わかるだろ。おまえがあの枯れ木どもの集会に付き合わされてたのは、俺らから見りゃ――自分の膝ぐらいまでしかねえ子供が、()()に連れ込まれてるレベルの許しがたさだったわけさ」

 思わぬところへ話が飛んだようでセディカは目を(しばたた)いたが、トシュは何だかすっきりした様子だった。煙草と酒の臭いが充満した場末の賭場にな、と言い足したところからすると、自分がいかに深い軽蔑を抱いているか、あれがいかに非難されて然るべき所業であったか、これで余さず語れるようになったということなのかもしれない。

 枯れ木って悪口なの、とおもしろがった後で、ジョイドの方は渋い顔をした。

「それを言うのは今じゃないでしょ、トシュ」

「あん? 何かまだ言ってないことあったか?」

「そうじゃなくて。恩を着せるタイミングじゃないでしょってこと」

 こちらへ向いたときには、柔和な表情に戻っている。

「過去のことは気にしないで、怖かったら俺らから逃げていいんだからね。助けられた過去があるからって、その過去に縛られて逃げ損なったら元も子もない」

 ……恩を着せる、とは、そういう。

「でも、山を下りるところまでは送らせてほしいな。正直、この山の中で一人になって、君が生き延びるビジョンが見えない」

「怖がらすなっつったのは誰だよ」

「怖く……なんか」

 ようよう、セディカは口を()いた。思った以上に声が(かす)れた。

「純粋な人間の――純粋な帝国人の方が、よっぽど怖いわ……」

 自分をこの山に置き去りにした二人の従者も、そうするよう指示した張本人であろう父も、人間だったはずだ。そして、昨日一晩、屋根の下で、獣に襲われる心配もなく、ぐっすり眠って過ごせたのは、トシュとジョイドのおかげだった。

「過去のことじゃないわ。今だって……危なかったら飛んで逃げるって言ってたじゃないの。逃げなかったのは、……わたしのせいでしょ」

 トシュは雲に乗って追いかけてきた。ジョイドは鷹の妖怪だというから、きっと鷹の姿になって飛ぶことができるだろう。逃げてしまえば簡単だろうに、危険を(おか)して虎や大蛇と渡り合ったのは――セディカを連れては飛べないから、だ。

 赤の他人の言い分を丸ごと信用できるわけではない。昨夜の(うたげ)が人間に障るから引き離したというのは(いつわ)りで、実は獲物を横取りしただけだった可能性もある。だが、虎と大蛇と野牛と、野牛と同時に現れた二本足で立つ獣は、本物だ。本物の、明確な危険だ。その危険から守られたことは真実だ。

 口先が当てにならないとしても。二人は、行いで示したではないか。

 ……ただ。それでも、不安が残るとしたら。

「その……人間は、食べないでしょう?」

 恐る恐る、尋ねる。四分の一は人間なのだ。話を聞く限り、少なくとも母親は、人里で育っているのだ。よもやとは、思うが。

 トシュは目を円くしてから、笑い出して手を振った。

「食わん食わん。何なら肉全般食わねえわ」

「ちょっとおもしろいこと教えてあげようか。妖怪はね、人間どころか妖怪でも食べるようなやつと、人間に限らず肉を全然食べないやつと、大体両極端に分かれるの」

 ジョイドも思わずといった体でにっこりしている。

「年経て化けるところまで行くようなやつって絶対数が少ないから、狼の妖怪だけで集まるとか、鷹の妖怪だけで集まるってことにはなかなかならないわけ。だから狼と猿と鷹と犬が徒党を組むようなことになるんだけど、……狼と猿と鷹と犬じゃピンと来ないけど、例えば俺が豚だとして、こいつが豚肉は大好物だぜとか言ってたらお近づきになりたくないじゃん」

「目の前で豚肉を食うようなことは流石(さすが)にしないだろうけどな。豚肉を食った次の日に偶然会うとか、こいつと会った次の日に宴会に行ったら豚肉が出てきたとかなったら、どんな顔していいかわかんねえだろ。こいつと喋ってるときに、横で他のやつに『こいつこの前豚肉を美味(うま)そうに平らげてたよな』とか思われんのもあれだし」

「他の妖怪と付き合う気があるかどうかなんだよね。対等に付き合う気があるかどうか、かな」

 ぺらぺらと喋る二人を、途中から唖然としてみつめていたセディカは、だが、ややあって我に返ると、

「――笑うほどありえない話なんだったら最初に言いなさいよ! 怖かったら逃げていいとか何とか言う前に!」

 怒鳴った。

「食べられるわけじゃないなら怖がる理由なんて何もないじゃないの!」

「いや、もうちょっとあるだろ」

「いや、うん、ごめんごめん。確かにそれは重要だわ。食べるやつは実際食べるし、狼も鷹も犬も肉食だしね」

 泣かないで泣かないで、と(なだ)められてぐいと目元を(ぬぐ)う。恐れではない、怒りの涙だ。何が四分の一は人間だ、人間のことなど何もわかっていない。

 トシュは今一つ腑に落ちないようだった。

「食わねえぐらいで安心されてもな。虎と熊と牛と蛇の群れをぶちのめして追っ払うやつなんて普通に恐怖だろ」

「食べるかどうかは全然違うのっ」

 熊もいたのか。二本足で立っていたのがそれか。

「ええと、嫌われなくてよかったってほっとすればいいのかな、俺らは」

「嫌い」

 ぎろりと睨む。あーともうーともつかない声を出して困り果てているジョイドは、()ねた子供に手を焼いているようにしか見えない。嫌いだ。嫌いだ。人の恐怖を甘く見て。

 とはいえ、三人の間の緊張は、セディカの質問とセディカの怒声をきっかけに緩んでいたのだったが。

 ――不意にトシュが戸の方へと向き直りながら立ち上がった。戸というよりも、その横の覗き窓に向いたのかもしれない。

「続きは後だ、セダ。話のわかるやつが来たわ」

 深刻とは行かぬまでも真剣な響きに、セディカもふざけるのをやめたように真顔になった。今までも大いに真面目だったのだが。

 おっと、とジョイドも呼応するように腰を上げたが、

「ここは任せた」

「え、一人で行く気? 余計な喧嘩売らない?」

「じゃ、訊くがな。最悪の場合に親父の名前を出して効果があるのはどっちだ」

「……俺をやり込めるためだけにそういうことを言っちゃうから心配なんだけど」

 失言だったのだろうか、天井を仰いでいる。

「わかったよ、君は二人になれないものね。セディには俺がついてるから、安心して行っておいで」

「……てめえ」

 自分こそトシュをからかうためだけに持ち出された気がしたが、追及は控えた。その代わり、

「誰が、来たの?」

 肝腎の、そこを問う。二人の間では通じているのだろうが、こちらは無論、わかるはずもない。

 トシュは別段勿体(もったい)もつけずに振り返った。

「この山の首領だ」

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