山で道に迷った、はずなのだが。

 落ち着かぬ気持ちで、セディカは車座を見回した。二十人ほどいるのだろうか、地べたに座りながら機嫌よく、喋ったり笑ったり、月か(こずえ)かを見上げては詩句を吟じたり、している。別段名作というわけでもないが、基本は押さえた無難な出来だ。即興で秀歌を次々と詠める方が天才なのであって、普通はこんなものだろう。

 老人もいるが(かく)(しゃく)としていて、目が(かす)んでいたり、耳が遠かったりという様子はなかった。若い方でも三十歳程度と思しく、十代の若者や子供は見当たらない。男女は半々というところである。どうにも不思議な気分になるのは、草木染めの木綿や麻でできているらしい、貴族の朝服に似せたような衣服のせいもあろう。柄もなく、絹の光沢もなく、色合いも地味で、デザインも思い思いにアレンジされている。というよりも、正式なデザインや略装の決まり事を知らずに、我流で崩したか、記憶だけを頼りに再現したかといった具合だった。みっともない猿真似には見えないから、知識はなくともセンスはよかったというわけだ。

 とはいえ自分も、この地域ではあまり見かけない格好をしているのだから――額をすっぽり隠すベールは明らかに異質であるはずで、そのくせ他人の服装をとやかく言えた立場ではない。大体、この山から先は帝国の外なのだ。見慣れないものにぶつかるのは(むし)ろ自然なことではないか。

 ……そうはいっても。……山の中で出会う光景ではないと、思うのだが。

 二人の従者と共に、山に入った。道端で食事を()って、その食事を終えた記憶がない。食事の途中で眠り込むほど、疲労困(ぱい)していたとは思われないのだけれど。目を覚ましたときには、そこは山道ですらなかった。(まば)らな木々の間、否、その木々の間を埋めるように生い茂る茨の(かたわ)らに横たわっていて、身動きが取れないことこそなかったものの、見回しても道らしい道はみつからなかった。従者たちに任せていたはずの荷物が一つ転がっているきりで、従者たちの姿はどこにもなかった。

 二人の名を呼びながら駆け回った。否、駆け回るのは難しかった。なるべく上を目指すのがこういうときのセオリーだったろうか、などと悠長に考えていられるのは足を止めている間だけで、歩き始めれば茨を避けるのに必死でそれどころではなかった。段々と日が落ちてくるのは、一々空を見上げなくても嫌というほどわかった。焦って震えて泣きそうになりながら彷徨(さまよ)った末に、遠くに人声、笑い声が聞こえ、灯りが目に入ったときには、崩れ落ちそうなほど安堵したのだ。

 すぐ近くまで行き着いてこちらから声をかけるまで、向こうは全く気づいていなかったようだった。気づいた後は快く、おいでおいでと招いて、よく来たねと場所を開けて、どうぞお飲みと木製の椀を、さあお食べと木製の深皿を渡してくれた。そうして――それから――放っておかれている。

 時々手元を覗き込んでは、おや飲んでいないじゃないか、遠慮しなくていいんだよと朗らかに勧めるけれども、愛想笑いを返しているうちに自分たちの会話に戻っていく。来る者拒まずで受け入れただけで、セディカ個人に興味はないらしい。他人の事情を根掘り葉掘り聞きたがるような性格でなくたって、こんな山の中に少女が一人きりで現れれば、不自然に、不思議に、不審に、感じて然るべきではないのだろうか。

 今となっては、こちらだって奇妙に感じている。何なのだろう、この集団は。

 話しかければすんなり応じて、訊いてみればあっさり教えてくれるのかもしれない。だが、それなら他に訊くべきことがあるだろうとも思う。たまたまこの集団が謎めいているだけで、セディカ側の問題ではないのだ。自分の問題が先だろう――と、そこまで考えては、また行き詰まる。

 何を――したいだろう?

 何を訊きたいだろう? 何を教わって、どうしたいだろう?

 山を下りたい? 従者たちを捜したい? 家に帰りたい? 二人に連れられて目指していたはずの、祖父の実家に向かいたい? ――二人はきっと、故意に自分を置き去りにしたのに? 祖父の実家が本当に自分を呼び寄せようとしたのかも、こうなっては怪しまれるのに?

 両手で包むようにしたままの椀に目を落とす。中身は酒なのかジュースなのか、それとも濃く()れた茶なのか、月明かり星明かりでは見分けられない。香りなら流石(さすが)に判別がつくかもしれないが、香りがわかるところまで椀を持ち上げた後で、口をつけずに下ろしたら見咎められないだろうか。膝の前の地面に置いたままの深皿には、白と橙の、恐らく果物が入っている。皮を()いて一口大に切って、やはり木製の(さじ)を添えて、食べやすそうで美味(おい)しそうではあるが、どうにも手をつける気になれない。

 どう――しよう。

「おまえさんも一句詠んでみないか」

「えっ?」

 突然水を向けられて、セディカは跳ねるように顔を上げた。ほぼ正面に座っている、冠を崩したような()(きん)を被った老人が、輪を飛び越えて呼びかけたようだった。

 各々が自由に楽しんでいるこの(つど)いで、しかしながら詩作が共通の関心事であるらしいことには気がついていた。順々に一句ずつ繋げていって一つの詩を作り上げたり、誰かの作に唱和したりというやり取りも盛り上がるようだ。(もっと)も、今はそこまで求められたわけではなくて、ただ単に出だしの一句さえ提示すれば応えたことになるのだろうけれど。

 ……そんなことを、言われても。

 定型詩の形式や法則はわかっているけれど。作ったことがないわけではないけれど。内輪であればともかく、教師に見せて添削を受けるのであればともかく、人前で、それも初対面の他人だらけの集まりの中で、注目を浴びながら披露しろと、言われても。

 そう、好き勝手に喋っていたはずの一同が、老人の言葉を受けて一斉にセディカに注目したのである。今の今までほとんど無視していたくせに。

 期待に満ちた沈黙が一秒ごとにのしかかってくるようだったが、セディカにはたっぷり一分もあるように感じられた、実際には十秒ばかりが過ぎると、励ましの言葉が飛んでくるようになった。固くなるな、気負わなくていいんだよ、初句だけで十分だ、二句目はわたしが継ごう、その次はわたしが。何か適当な句を思いついたとて、これでは切り出すタイミングをつかむのに苦労しそうだ。

 手の中の椀を握り締めるようにして、しばし窮していた――ところへ。

「子供を困らせるもんじゃねえぞ」

 背後から自信に満ちたような声がした。

 (すが)るように振り返れば、そこには二人の、二十代と思われる若者が立っていた。一人は額に黄色いバンダナを巻いて、白、というよりは()()りの衣をまとい、虎のような黄色と黒の(はかま)穿()き、両端に(たが)()まった朱塗りの棒を片手に握っている。一人は白い大きな玉を黒い紐で繋げた、首飾りと呼ぶにはいささか武骨な、とはいえ首飾りとでも呼ぶしかない輪を首にかけていて、服は上下とも暗めの青、先端に金輪を幾つか下げた杖を()いていた。どちらもいかにも旅人らしい荷物を背負っており、この場に、即ち山の中に登場した人物として、至極真っ当な風体であった。

「宴の余興だったら、棒術の演武でもいかが。音楽はないけど、こいつはなかなかいいものを見せるよ」

 首飾りの青年がもう一人を指さす。ということは、一言目はバンダナの青年のものだったのだろう。

「おおそうかい、じゃあお願いしようか。思う存分、腕前を見せてくれや」

 セディカから見て左前方にいた、四十歳ほどの色黒の男性が、(くっ)(たく)のない笑顔で手招きをした。

 バンダナの青年が荷物を下ろし、つかつかと車座の真ん中に出ていって棒を構える。首飾りの青年はシャランと音を立てて杖を置くと、よっ! と一声かけて手を打ち始めた。手拍子に合わせて、バンダナの青年は頭の上に棒を振り上げて大きく三度振り回し、その次は下へ向けて四度振り回した。

 棒が今度は右へ向けて突き出されたところで、青い衣の女性が自分も手を叩いた。確か最初に果物をくれた女性だ。提灯(ちょうちん)の横にいる女性が、白髪ながら若い顔立ちの男性が、他の面々も次々に、やがてセディカを除く全員が伴奏代わりの手拍子に加わる。青年は自在に棒を操り、ぴしりと型を決め、時には軽やかに跳ね上がり、時には棒を投げ上げておいて、横にくるっと一回転してみせてから、落ちてきた棒を見事受け止めた。芸として、見世物としての性格が強いようだけれども、武人らしくないの俗っぽいのと不満がる者も、この様子ではいないだろう。

「皆様、最後は三本締めでお願いします! いよっ!」

 首飾りの青年の合図で、手拍子のリズムが変わる。最後の最後の一打ちと同時に、バンダナの青年は天まで届けとばかり高々と棒を突き上げた。

 静まり返った、その一呼吸後に、今度は割れんばかりの拍手(かっ)(さい)となった。バンダナの青年は謙(そん)するでもなく、機嫌のよい顔つきで戻ってくる。別段息を切らしてもいない。首飾りの青年が杖を拾ったのは、見返らずとも金輪のこすれる音でわかった。投げかけられる褒め言葉を恐縮もせずあしらいながら、二人は当たり前のようにセディカの左右に腰を下ろした。

 元々セディカの左右にいた二人が横へずれ、周りもそれに合わせて少しずつ場所を変える。例の酒なのかジュースなのかわからない椀や、白と橙があざやかな果物の深皿が、いつの間に用意したのか、どこからか集まってきた。二人に受け取らせたところで――それが合図ででもあったかのように一斉に、一同は仲間との歓談に戻っていった。それ以上、それきり、二人に構う気配がない。

 セディカのときもそうだったのだから、一貫しているなと納得したものだろうか。たった今の喝采は、ついさっきまでの手拍子は、幻だったろうかと疑いたくなるような変わり身だが。

「それ、飲んだ?」

 右に座った首飾りの青年がさりげなく(ささや)いた。セディカはほとんど反射的に小さく首を振る。おっけ、と青年は頷いた。

「実は何かやってみせる気があったんだったらごめんね? 困ってるかと思って、勝手に割り込んじゃったけど」

「何もできないってわけじゃないわ」

 少し、唇を尖らせる。

「破魔三味と神琴なら()けるわよ。でも、そんなの持ち歩いてないもの」

「――()三味のことね?」

 その言い換えには眉を(ひそ)めたものの、敢えて反発はしないでおく。一般的に言って、そちらの方が()()み深くはあるだろう。

 三本の弦を持つ弦楽器を、帝国は「三味」と総称する。異国のものはしばしば、その異国を指す言葉を冠して呼ばれるから、帝国のすぐ東にある国々のものはひっくるめて「東三味」、さらに東の、帝国と国土が接していない国々のものはひっくるめて「夷三味」ということになる。東三味はまだしも夷三味はつまるところ蔑称だし、「夷」に該当する全ての国の、「三味」に該当する全ての楽器が一(くく)りにされてしまうから、セディカとしては「破魔三味」という呼称の方が好みだ。が、こちらの呼称はあまり知られていないとか、こちらも正式名称ではなくてやはり俗称の一つにすぎないとかいった事情も承知していた。

「ここに夷三味があったら、見せつけてやりたかったりする?」

「あるの?」

「さっきから何をこそこそ話しとる」

 頭巾の老人がまた口を出した。まさか割って入られるとは思わなかったので、セディカはびくりと大袈裟に肩を跳ねさせてしまった。

「いえね、助け舟のつもりが、逆に出番を取っちゃったかしらって謝ってたんですよ。おまえ、夷三味貸せる?」

「あ?」

 急な要請にバンダナの青年はぽかんとしたものの、相棒とセディカとを見比べてから、頭に手をやって髪の毛を抜いた。口元にかざして一吹きした、と見るや、その手には夷三味――破魔三味が握られていた。

「調弦はできてねえぞ、多分」

 おお、なんと、と飛び交う驚きや感心の声を無視して差し出されたそれを、セディカは無言で受け取った。無論驚きはしたのだが、一緒になって騒ぐのは何だか(しゃく)な気がした。青年がもう一本髪を抜いて吹くと、こちらは(ばち)に変わった。

 弦を鳴らし、音を合わせる。調整すれば合うのだから、ちゃんとした楽器だ。形だけを写した紛い物ではない。久方ぶりに椀から解放された指の、凝った節々もそのうちにほぐれてきた。

「何弾く?」

「〈摩天楼の主〉――ううん、〈四三二の獅子〉は?」

「おや、それはお誘い?」

 先ほど言われたように自分の技術を見せつけるなら〈摩天楼の主〉の方が適当だが、〈四三ニの獅子〉は演武によく使われる曲なのである。何なら、詩の定型の一つである〈四三ニ型〉と音の数が一致していて、〈四三ニ型〉の詩は〈四三ニの獅子〉に合わせて歌うことができる、という仕掛けもあった。というより、元々そういう用途で作られた曲なのだ。同種の曲は幾つがあって、雄大な自然を詠んだ詩なら〈四三ニの鷹〉が適切だろうし、恋歌なら〈四三ニの蝶〉が王道、〈四三ニの獅子〉は演武に転用されたように勇ましいものに向いている。

 棒術にも当て嵌まるかどうかは知らなかったが、バンダナの青年に目を向けてみると、乗り気らしくひょいと棒をつかんで円の中央に出ていった。実は早鐘を打っている心臓を押さえつけるように深呼吸をしてから、セディカは撥で弦を(はじ)いた。

 冒頭の四小節、言うなれば前奏を終えるまで、青年はそこに(たたず)んでいた。それからさっと片足を引いて棒を構え、体と棒をぐるりと回して型を決める。青年の動きを指揮代わりに、少女は三味を()き鳴らした。正しい音よりも低くなった、とはっきりわかってしまったときが一度あったものの、悔しさに(ほぞ)を噛む破目になるような、派手な失敗はせずに済んだ。途中からは自信をつけた分だけ力強くなっただろう。冒頭部分の変奏を挟んで、繰り返しに入ったときだ。

 バンダナの青年は不意に飛び上がり、頭巾の老人の後ろ、一抱えはありそうな太い木の幹を、棒でがつんと殴りつけた。

 老人は(うめ)いてひっくり返り、宴の場は騒然となった。仰天して立ち上がる者、反対に腰を抜かす者、老人を介抱する者、青年を指さして口をぱくぱくさせる者、混乱の中で呆然としているセディカの手から、首飾りの青年がすばやく三味を取り上げるや、セディカの荷物を代わりに押しつけた。

「自分で持って、落とさないでね!」

「あ、きゃっ!」

 次の瞬間、青年はセディカを抱えて走り出していた。

 謎の宴はたちまち遠ざかり、灯りも急速に点になって消えた。暗くなった視界を木々が飛ぶようによぎっていく。自分の足で走っているわけでもないのに速すぎて息が苦しい。落ち葉を蹴散らし、草を蹴り飛ばして、立ち並ぶ幹の間を縫って突っ走るのに、ぶつからないかと(おび)える余裕がなかったのは幸いだったかもしれない。

 ぱっと明るくなって、月の光の差す山道が眼前に広がった。そこからクールダウンのようにスピードが落ちていき、やがてすとんと下ろされる。

「これっくらい離れれば大丈夫でしょ。別に悪いやつらってわけではなさそうだし、わざわざ追っかけてはこないよ」

 朗らかな声が降ってきた。

「ただ、自分たちのことしか見えてないのね。自分たちが楽しいから、誰でも彼でもここにいれば楽しいものだと思ってるし、君が人間で、家があって家族があって生活があるってことを考えてない」

 両肩に手を添えたまま、セディカが息を整えるのをしばらく待っていたらしい。それから手を引いて、軽くウィンクをする。

「破魔三味に神琴なんて、役に立つ特技持ってるじゃない。妖怪の目を(くら)ませるのに打ってつけだわ」

「妖怪、だったの?」

「木の妖怪だね。あいつがさっきぶっ叩いたのが、根元に座ってた爺様の正体」

 セディカはぞっとして周りの木を見上げた。ここらのは大丈夫よと青年が笑う。

 だから「破魔三味」という呼び方を避けたのか、と思い当たった。妖怪の輪の中で口にするには、いささか、不穏そうだ。

「あなた、は……」

「仙術をちょっと(かじ)っててね。俺もあいつも妖怪を見分けるぐらいはできる。で、あいつはすぐドンパチやりたがるけど、俺はすたこら逃げる方が得意なわけ」

「あ、あの、あの人は大丈夫なの?」

「へーきへーき。すぐ追っかけてくるよ」

 言葉の通り全く心配していない様子なので、それ以上は言い募らずに、セディカは自分の荷物を抱き締めた。勿論(もちろん)、自信があるからこそ、ああした暴挙に出たのだろうけれど。

 少しだけ、間があった。

「君は何も、彼らと遊んで暮らしたかったわけじゃないでしょう?」

 首を振る。上手く溶け込めなかったから、という問題ではない。あの場所は――あの集団は――妖怪であろうとなかろうと、異様だった。

 セディカと青年が口を(つぐ)めば、夜の山道は静かになった。それを心地よく感じるのは、絶え間ない話し声に囲まれているのにも、そこそこ疲れていたということだろう。茨の中を一人で歩き回っていたときは同じ静けさが恐ろしくて、それなのに一方で鳥の飛び立つ音にもびくついていたものだけれど。

 とはいえ、黙りこくっているのもどうかと思ったのか、青年はぽつぽつと、どこかぶつけなかったかな、何か落っことしたりしてないよね、闇夜じゃなくてよかったよ、などと当たり障りのないことを口にした。何ともない、大丈夫、ほとんど満月ね、とセディカも素直に応じる。重要なことを今話しても二度手間になる――もう一人、いるのだから。

 さほど長くはかからなかった。木の上でがさりと音がしたと思うや、仰ぐ間もなくバンダナの青年が身軽に飛び下りてきたのだ。そんなところから現れるとは思わず、セディカは(あと)退(ずさ)ったが。

「早かったね。どうなった?」

「怒鳴りつけてきたわ。しょぼくれてんじゃねえってんだ、被害者面しやがって」

「怒ってるねえ」

「あんな場所に人間を連れ込んで、食い物まで出すやつがあるか」

「危ない場所だったの?」

 つい尋ねれば、悪態をついていた青年は、そういえば他人もいたのだったと初めて思い出したかのように、その剣幕をはたと鎮めた。

「木は化けても本体が動かねえし、地面に根を張ってるからな。化けた木が集まってるような場所は、場所自体が妖怪の影響に……何つうかな、染まりやすいんだ。人間が下手に長居すると、相性が悪けりゃ体を壊すし、いいならいいで取り込まれるしで、普通の妖怪が(たむろ)してんのとはわけが違うんだわ」

「怖い話をするんじゃないよ」

 首飾りの青年が呆れた様子で(さえぎ)る。怖いか? と訊き返すような表情になったバンダナの青年は、次に(ひらめ)いた表情になってセディカに視線を戻した。

「まあ、やつらは単に、自分らが何やらかしてるか自覚がねえってだけだ。おまえを狙ってたんでもないし、来たからには逃がさないとか言い出すこともねえだろ」

 優しくなった口調は()(さん)臭くも無理をしているようでもなかったが、気遣いというより子供扱いのように感じてセディカはむくれた。

「怖がったりなんかしないわよ。それに、ちゃんと知っておくべきでしょ。どういう風に危なくて、何から助けてもらったのか」

 言い募れば言い募るほど、それは結局子供っぽい反論であったかもしれない。が、自分の言葉がよいきっかけになって――二人にもそうと伝わるように真面目な顔をして、姿勢を正し、両手を揃えて頭を下げる。危ないところを、助けられたのだ。

「ありがとうございました。……どうしていいかわからなかった」

「だろうな」

「あれじゃねえ」

 同情よりも共感に近い響きが返ってくる。

「ま、無事でよかったわ」

 やっと頬を緩めた青年の、あの宴で見せたものとは違う穏やかな笑みに、解放感と安堵が押し寄せてきて、何だか理不尽な気がした。たまたま踏み込んでしまったおかしな場所から抜け出しただけで、自分のことは何も片づいていないのに。

「話は後ね。まずは休める場所をみつけましょ」

 首飾りの青年が(うなが)した。ここからが「まず」になるのか、とセディカは少々げんなりしたが、同時におかしく感じる余裕も出てきたようだった。

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