公平に言って、茅野さんは間違っていないのだ。トランプを学校に持ってくるわたしがいけない。同級生や部活仲間の恋の行方やら何やらを、朝休みか昼休みに占っていれば、茅野さんの目に留まるのもわかりきっている。茅野さんの性格からして、そうなれば黙ってはいられないことも。
厳格と解釈する人はいないし、融通が利かないと評する人さえいない。わたしへの意地悪、嫌がらせだとみな言っている。そして恐らくは信じている。勿論わたしが知る限りでの話だけれど。
「ひけらかすならもう少し有用なものにしたらどうなの」
今朝もトランプを広げていたら、横合いから尖った声で切り込んできた。机を囲んでいた四人が一斉に振り向き、そういう言い方はないだろうとか、空気を読めとかいった類たぐいのことを口にする。そちらへは氷の一瞥をくれただけで、あとは無視を決め込んだ。
実は痛いほど的を射ている。よく当たると評判だけれど、当たろうが当たるまいが、それ以前に占おうが占うまいが、起こることは起こるし起こらないことは起こらない。コミュニケーション以上の役には立たないのだ。
つまりわたしがひるむのは図星を指されたからなのだけれど、
「あんな風に言うことないじゃないね。何様のつもりなんだろ」
みな、茅野さんを攻撃してわたしを慰める。間違っていなくても嫌味なのは確かだ。
「でも、茅野さんの言う通りだし……」
「そんなことないって」
かばえばわたしの株が上がる。かばわなければいいのだけれど、つい非難してしまうのが茅野さんの性格なら、つい弁護してしまうのがわたしの性格だ。不思議なことにどちらも同じ効果を生む。
茅野さんはわたしを目の敵にしている。同級生も部活仲間もそう言う。それは正しい。あの人はわたしが大嫌いだ。
ただ――謂れのない非難や理不尽な中傷を、それ以上に嫌っている。同級生も部活仲間もそうは言わないけれど。
だから、わたしをよく見ている。それは鋭く観察している。例えば宿題を忘れて、指されませんようにと身を竦ませていれば、先生が気づかなくても茅野さんは気づく。授業が終わればわたしのところへやってきて、奥底に炎のちらついている瞳を向ける。
「宿題、やってこなかったでしょう」
見逃さないし逃さない。わたしを正当に非難できるチャンス――言うなれば、謂れのある非難。嫌味な言い方をすることもあれば、厳しい口調で簡潔に指摘することもある。
粗探しと言ってしまえばそれまでだし、意地悪なのだと言われればそうかもしれない。けれども公平に言って、茅野さんは間違っていないのだ。あれだけ執拗に見張って――見守っているのだから、誰よりわたしを理解しているんじゃないかとさえ思う。
何にせよ、そこでわたしが萎縮するために、周りには嫌がらせと映るらしい。茅野さんにはさぞ腹立たしいだろう。トランプを学校に持ってきたり宿題を忘れたりすることがまず気に入らず、誰にもそれを咎められないことが気に入らず、自分が咎めれば周りがこぞってかばうことが気に入らない。……ひょっとするとわたしも、茅野さんを誰より理解しているかもしれない。
「人がよすぎるよ」
占いを頼んできた子にそう評された。鈍いんじゃないの、とまで面と向かっては言われないけれど、陰口は叩かれているかもしれない。いじめられている自覚がないのかと。
自覚。
はっきりとある。
茅野さんには、あるだろうか?
「悪い人じゃないんだよ」
周りは半分呆れ顔だ。わたしは自分の席にいる茅野さんの後ろ姿を見やった。この距離だ、聞こえているだろう。聞こえているだろうけれど。
「昔、クラスの男子に家のことでからかわれたとき、助けてくれたの」
眉か口元か、ぴくっと動くのが見えた気がした。
あの男子も家庭の事情なんか持ち出すからいけなかった。そういうことで人をからかうのは、茅野さんが最も嫌い、許さない事柄の一つだ。被害者がわたしであったにも拘らず、燃える目で詰め寄り、しまいに謝らせたほどに。
「……あったけどさ」
小学校も一緒だった同級生が眉を寄せ、あとの人たちに事実であることを示す。言葉で続ける代わりに頷いてみせた。少しさみしげだったかもしれない。だからどうしても嫌いになれないの、とばかり。
チャイムが鳴って、わたしはみんなに席へ戻るよう促した。わたしに一層呆れたとしても納得したとしても、万一茅野さんへの評価が変わったとしても――誰も、気づいてはいまい。
茅野さんにはこれまでの生涯最大の汚点だろう。大嫌いな相手を心ならずも助けてしまったら――思い出したくも思い出されたくもない、最悪の記憶になるんじゃないだろうか。
それを知る人が、増えた。結構な嫌がらせになるのだ。わかっていて言ったのだから、そのつもりがなくてもやっぱり嫌がらせだろう。
要は行為より印象、正しいかどうかより上手かどうかだ。茅野さんは間違っていない。厳格で融通が利かなくて、曲がったことを憎んで妥協しなくて、少し以上に嫌味がきつくて、わたしが大嫌いなだけだ。わたしはわかっていて茅野さんの気に障ることをし、逆効果になる弁護をしている。わかっていて、やっている。
そう思うなら改めればいい。宿題は忘れるかもしれないが、トランプは持ってこなければいい。難しいことでは、ないのだけれど。
「その人とは来年同じクラスになれます。それまでに顔見知りになっておくといいよ。近いうちにチャンスがありそうだから話しかけてみたら」
「何が楽しいんだか」
昼休み、部活仲間の恋の行方を占っていると、茅野さんが横目に見ながら聞こえよがしに呟いた。流石に中学生にもなれば、学校に持ってきちゃいけないんだよ、とストレートには注意しない。
くどいけれども公平に言って、何も今占う必要はないのだ。部活仲間なんだから部活の前まで待てばいい。茅野さんの目につく時と場所を選ばなくても。
そしてまた公平に言って、反感を買うような口の利き方を、茅野さんがするのも事実。そうでなければみんなの見方も違ってくるかもしれないのに。嫌われる理由は、ちゃんとあるのだ。
楽しいよ――とは言い返さずに、戸惑ったような表情を作った。またそうやって、と言い返すのは別の子だ。茅野さんはそっぽを向いて見事に黙殺する。
「気にすることないよ。ほっとこ」
諦めて、その子はわたしに言った。頷きながら笑みを抑えれば、相手はその意味を取り違える。取り違えているだろう。
ごめんね、茅野さん。あなたは嫌いじゃないんだけど――楽しいんだよ。本当のところをわかってない人たちを見るのが。
自覚ははっきりとある。いじめているというなら、わたしだ。
それでもみんなは逆のことを言うだろう。茅野さんがわたしに辛く当たるのだと言うだろう。わたしがわざと煽っているとは言わないだろう。それこそが――悪役に仕立て上げている現実こそが――一番いやらしい、性質の悪い嫌がらせだろうに。
楽しいよ。あなたにきついことを言われても、このためと思えば我慢できるぐらいに。あなたがみんなから嫌われても、罪悪感より優るぐらいに。
そうと知ったら物凄い目を向けてくるんだろうな。
トランプをかき集め、切り直し並べ直して二枚めくった。現れたスーツと数字をみつめる。
「何?」
「……来年も同じクラスになりそう、わたし。茅野さんと」
視界の隅で引きつるように震えた肩の主には悪いけど、楽しみは当分続きそうだ。
<End>