「見て見て、遥がいいのくれた」

 時期からしてクリスマスプレゼントと考えるのが自然ではあったが、数秒間、気づかなかった。あの友人からは、しばしば脈絡もなくフェルト作品を貰ってくるので。

 (もみ)の木模様の包装の、一度()がした形跡のあるテープをまた剥がして、現れた中身に弟は目を(みは)った。

「木工もやってんのあの人?」

 木でできた、ピアノ型の――小物入れ、だろうか。赤と緑のフェルトのピアノもそうだったように屋根が開いて、本物ならば弦が張ってあるその下が空洞になっている。

「違う違う。これは遥が普通に買ったやつ」

 姉はぱたぱたと手を振った。

「……紛らわしいんだよ」

「遥ママはフェルトで何かを作る人やぞ。何かで楽器を作る人じゃないよ」

 ぐうの音も出ない。

「『なーんだ』みたいな顔しないでよ。普通にいいやつでしょうが」

「そんな感情豊かな顔してねえだろ」

 とは言ったものの、少々がっかりしたのは事実なので後ろめたい。

 ()()()すように、木のピアノへ目を戻した。

「木目のままなのがいいね。黒く塗ったりしてないのが」

「そうそう、あたしもこの木の感じが好きなんだよ」

 姉弟らしく好みが一致して、二人はそれからしばし、贈り物そのものと贈り主のセンスを褒めた。姉の方では何を贈るつもりだろう、釣り合うものを探すのにプレッシャーを感じないだろうか、そんな悩みとはこの姉は無縁か、などと陰で考えていると、

「で、こちらがお年玉です」

 紙袋がもう一つ、出てくる。自分も知っている店のものらしいと思ったのは、中央に大きく印刷されたロゴに見覚えがあったためである。どこだったか。

「じゃあ来年まで開けちゃ駄目だ」

 なんで二つもあるんだ、などと返しては思う壺に()まりそうな気がしたので、そこは外してからかったつもりだったのだが。

「あたしのじゃないよ」

 姉は涼しい顔で言った。

「良大、シグ」

「おーあけおめ」

「あけおめー」

 年明け最初の練習は松ノ内を過ぎてからだったが、一月中ならその挨拶も有効だろう。

「オミはいるな。白鳥さんは来てる?」

 愛は喋っていれば離れていても聞こえるのである。知果は時々同じバスに乗り合わせるけれど、今日は見かけなかった。

「あっちいるけど」

「呼ぶ?」

「ん」

「オミ! 白鳥さんもいい?」

 力が声を張り上げる。二人以外からも一瞬注目が集まって、青葉は首を(すく)めた。

「はいはーい」

「俺じゃなくて日下」

「あんまり大声出さないでほしいんだけど」

 注目を集め続ける羽目になっては(たま)らない、とこちらは声を(ひそ)める。居心地のよい環境だといっても、無駄に目立ちたくはない。

 良大がこちらの左手に目を落としてきたから、その通り、と示すように胸の前へ持ち上げた。お年玉だと姉が差し出した紙袋。見覚えは、四人にもあるかもしれない。

「白鳥さんがずっと言ってるけど。やっぱり何かお礼するべきだわ」

 中身を一つ、取り出した。透明の保存袋の中に、オレンジに近い黄色が見えている。

 知果がぱたんと腕をはたかなかったら、愛は音楽室の外に届きかねない声を上げていただろう。

「ペットだあ!」

 (ささや)き声で叫ぶ、とでも言うべき芸当を愛はやってのけた。

 色合いは先日見たものと(おおむ)ね同じだが、ピストンは赤く、またこちらも赤い紐がついている。青葉のバイオリンと同じく、ストラップとして仕立ててあるのだ。

「褒めてくれたからって」

「ずりぃおまえ」

「それと、企画の二人に」

「えっ」

 良大の反応に満足しながら、先にホルンを取り出す。マウスピースのビーズは緑色だ。四管編成にしたことで余ってしまった、残りの一台を生かしたわけである。中古でごめんねと言っていたらしいことは、()いて伝えなくともよいだろう。

 ホルンの写真を最初に見せたときのように、知果は頬をほんのりと染めたようだった。

「これはどっちにするか二人で決めて」

 紙袋を腕にひっかけて、最後の二つは両手に握って差し出した。一方はチェロと同じ薄黄色、一方は明るい空色を基調とした、バイオリン。

「え、俺も? なんで?」

「写真のお礼だってさ」

 姉からはそう聞いたし、別に建前ということでもないだろう。だが、一番本当のところは――あの場にいたから、ではないかと思う。

 見覚えのあった紙袋は、恐らく、レンタルスペースに持ってきていたものだ。そういえば結局、中から何かを取り出していた記憶はない。ホルンとバイオリンが一台ずつ入っていたのではないか、と青葉は推測していた。企画の二人に、と。

 企画担当でも窓口でもない二人が来ることなど想定していなかっただろうし、そちらの二人の分はありませんと言いながら渡すのは気が引けたのかもしれない。これまでを思えば、トランペットともう一台のバイオリンを作り足したことは驚くに当たらなかった。

 (もっと)も、これ以上は続かないだろう。オケの全員分作るつもりじゃないと思うよ、と冗談めかして姉が手を振っていたし、今は和菓子作りで忙しいはずだから。

(あめ)くれる大阪のおばちゃんか」

「いや、たっけえ飴だな。え、リョウどっちにする」

「え、迷う。……おまえ決めて」

「じゃ、青」

「ん」

 青――空色のバイオリンを良大が取る。特に違和感もなく渡してしまってから、

「おい!」

「あ」

 力が叫ぶと同時に気づいた。

「決めてっておまえのをか!?」

「ごめん、素で」

「いいよいいよ、黄色貰うわ」

「黄色が外れみたいになってんじゃん」

「そんなことないから、ないから」

 愛が笑い転げるから結局また周りの視線が集中して、青葉は頭を抱えたものの、その唇は笑んでいた。

 四人の様子をどんな風に伝えよう。姉はきっと友人に話すだろうし、友人は母親に告げるだろう。特製を作った甲斐があったと、思ってくれるといい。

 片手を上げれば、姉は読みかけの本を置いて寄ってきた。これで召喚されてくるのだから、良大がいつか言ったように、姉の方で弟離れしていないというのが正解ではないかと思う。

「新名さんって和菓子好きかな」

 オーケストラを一揃い借り受けるに当たって、何の返礼もしないわけにはいくまいと、知果などは最初から気にしていたのだ。どう値段をつけてよいかわからないし、披露の場を作ってくれることに(むし)ろこちらが感謝しているのだからと、向こうからは一度断られているものの、流石(さすが)にこれではおまけが大きすぎる。

 金額が露骨に見えないものならばよいのではという話になって、菓子折りという案が出た。日持ちのするものをね、と釘を刺したのは無論知果である。

「好きだと思うよ、遥もおばさんも」

 姉は「新名さん」を補完するようにそう答えた。青葉が聞きたいのは母親のことであったけれども、仲の良い親子のようだから分け合って食べるだろう。

「高いものより見ておもしろいものの方がいいね」

「それは姉ちゃんの好みじゃないの」

 口では疑わしげに返したものの、オーケストラを指揮台で締め(くく)るような作者だ、いかにも遊び心の方を重視していそうである。良大もその方向で考えていたようだった――和菓子でもケーキでもチョコレートでも、楽器モチーフって結構あんのよ、と目を輝かせていたから。

 和菓子かな、とは青葉が決めた。今は和菓子を作っているという話も、ついでに(きゅう)()の話も聞いていて、これを選ばないわけにはいくまい。念のため姉に確認はしたものの、喜ばれるだろうという自信は、珍しく、ある。

「そりゃあ、見ておもしろいものならあたしだって見たいわさ」

「店の名前は聞いとくから自分で買って」

「では、家族思いな姉ですから、家族全員分買ってきましょう」

 何故そこでやり込めるときの口調になるのか、というところに触れては負けなので、楽しみにしとくわ、とだけ弟は返した。

「なんか嬉しそうだなリキ」

「妹が来るんだよ! 今日」

 めっちゃ嬉しい、と言葉通りのにこにこ顔で力はガッツポーズをした。

「おーやったじゃん」

「日下のくれたバイオリンが可愛いって言ってさあ、この間久しぶりに普通に喋って」

「おまえさては妹にあげたな」

「あげた」

「俺じゃなくて新名さんな、くれたのは」

 丁(ねい)に訂正を入れれば、わかってるわ、と丁寧に反発が来る。

「それは本物の楽器じゃなくてフェルトの楽器を見に来るんだろ」

「いやいやいや、そっちに(かこつ)けてこっちを見に来るのよ。……いや、託けてっつうとそっちが嘘みたいだけど、じゃなくて」

「ってか、じゃあここだけおソロじゃん。恥っず」

「一緒に恋愛映画観た仲だろ」

 相変わらずの応酬は、だが、陳列を始めると幾分静かになった。配置そのものはわかりきっているけれど、机に収まるように、かつ見栄えを考慮して並べるのは、そこそこ頭を使う作業だったので。

 一番内側に弦楽器。次に木管楽器。それから金管楽器。一番外側に打楽器。ハープは第一バイオリンの後ろに。ピアノは向かって左の方に、オーケストラから離して。

 そして、一番手前の中央に、指揮台。

「あっ、狙ってたのに俺」

「俺も狙ってた」

 ト音記号と五線譜だけの楽譜を譜面立てに載せて、青葉は満足げに全体を見渡した。

 オーケストラと、ピアノの連弾。

 自分が誇らしい気持ちになるのも筋違いではある。作ったのは自分ではないし、提案したのも自分ではないし、実現のために人一倍(ほん)走したというのでもない。自分が反対しなくたって、ピアノが追放されることにはならなかっただろう。

 だが、目の前に完成した光景は、自分自身の手柄であるかのように胸を高鳴らせた。見て、と幼い子供が親の(すそ)を引くときのように。

「いいんじゃない?」

「シグ、写真写真」

「よっしゃ」

 愛にせっつかれて力がデジタルカメラを取り出したから、後の四人は自然、邪魔にならないように下がった。机の(すみ)の紙袋に、そこで知果が目を留める。

「お礼の羊(かん)はそれ?」

「ん、箱と一緒にしとこうと思って。――そうだ、後で代金徴収するかんな」

「らじゃ」

「渡すの俺がやっていい?」

 ふと口を挟めば、良大は目をぱちぱちさせた。

「別に構わんけど」

「いや、俺がみつけてきたみたいな顔するのもあれかなと思って」

「いや、おまえがみつけてきたみたいな顔はすんな」

 知果が呆れ顔をして、愛がけらけら声を上げるのをよそに、力は黙々とシャッターを切っている。力を待つ間が暇だからか、一拍置いた後で良大が脇腹を小突いてきて、身をよじって逃げながら青葉は笑った。

 二重の本番が、始まる。

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